岡市尚士さんインタビュー「今となっては単なるオヤジの趣味 」

皆さんこんにちは、河村です。

今回はリバーサルジム新宿MEWE / 高田馬場道場所属の岡市尚士さんにインタビューさせて頂きました。

岡市さんには以前にSNSのインスタ選手紹介で登場して頂いたのですが、とても面白い回答とフォトジェニックな写真を提供して頂き、私自身すっかりファンになってしまいました(笑)

そんなユーモア溢れる人気者の岡市さんには柔術との出会いなどについてお聞きしてみました。

それではお読み下さい。


まず、岡市さんの格闘技歴をお教え下さい。


小学4年の終わり頃に山田レスリングクラブに入門し、そのまま中学も続け高校もレスリング推薦で入学。

一度の脱走〜復帰というドラマはありましたが、高3の引退まで嫌々ながらもレスリングを続けました。

その後バンドマン時代の24歳頃(2004年頃)は空前絶後の格闘技ブーム真っ只中で、ミーハーな気持ちでU-FILE CAMPのプロ×専修大レス部練習会(週一回)に後輩の紹介で参加させてもらえるようになり26歳頃まで約二年、毎週ボロ雑巾にされるだけのキャリアを積みました。

しばしブランクのち28歳、チームホージャマシャード(のち代々木フォレスト柔術クラブ)に入門し現在に至ります。


ブラジリアン柔術を始めたきっかけをお教え下さい。


腑に落ちる人生にしたい一心で始めたバンドではどうやら腑に落ちそうにないぞ?と薄々感じ始めておりまして、このままでは犯罪者予備軍かと思われた矢先、友達に誘われて観に行った「戦極〜第四陣〜」における 北岡悟 vs クレイフレンチ 戦を目撃した直後、俺の脳天にさいたまスーパーアリーナの天井から雷が落ちてきて、格闘技ならこの犯罪者予備軍を救ってくれるかも!と直感したのがきっかけです。

“バンド活動をするために岩手から上京!”


岡市さんは昔からブログを書かれておられますね。


バンドマン時代の2000年代前半にバンドのHPとして使っていた「魔法のiらんど」で日記的に書き始めたのが最初です。

バンドのファンの皆様からそこそこ好評だったもので文章作成でも承認欲求を満たしてくれることが分かり、ライブドア、アメブロ、トイカツブログと姿形を変えて今までやってきました。

けど、そろそろ最終回を迎える「プロレス好きのバンドマンが柔術黒帯になるまで」の途中で承認欲求も消え去った今となっては、文章作成が苦痛以外の何物でもないので今ブログを持ちまして金輪際、文章作成からは引退しようと誓っている今日この頃です。

岡市さんのブログは次回が最終回!

「プロレス好きのバンドマンが柔術黒帯になるまで」

https://tkdj.net/news/archives/author/okaichi


岡市さんは東日本大震災を経験されておられますが、当時どの様な状況だったのでしょうか?


地震発生時、保育園時代からの友人と山田レスリング道場で柔術の練習をしていたのを速攻で切り上げ、急いで車で村に戻り、防波堤の門扉閉め作業中に見た第一波の水圧から、せめて車だけでも高台に避難させておこうと思った判断のおかげで、その数十秒後にやってきた第二波に飲まれる事なく一命を取り留めてから、消防団として不眠不休の地獄の数日間は味わいましたが、仲間達の支援のおかげで今に至っております。

ちなみに地震発生時に一緒にいた友人は今も遺体が見つかっておりません。


岡市さんが東日本大震災の復興支援ライブを始めたのはなぜでしょうか。


震災後、トイカツ道場従業員として再上京した自分は、地元に残り続け復興に向けて生きるしか道がない仲間達に対する後ろめたさみたいなものを抱えておりました。

それを解消するための、せめてもの免罪符みたいな感じでやり始めた要因が大きいのかなと今になってみればそう思います。


岡市さんが好きなプロレスとブラジリアン柔術の共通点は何でしょうか?


壮大なロマン。

1800年代前半にイギリス・ランカシャー地区で始まったとされるプロレス興行と、同じくその時代には日本に乱立していたとされる古流柔術。

それら源流が入り混じった大河ドラマの果てに今日のプロレスとブラジリアン柔術があると思うと琴線が刺激されます。

“週刊プロレスの表紙に載った岡市さん”
“大山俊護選手と”


岡市尚士さんプロフィール

氏名岡市 尚士
年齢41歳
所属リバーサルジム新宿MEWE / 高田馬場道場
柔術歴13年
帯色黒帯
好きな食べ物ゆで卵
好きな映画ジャッキーチェン作品、キョンシー作品
好きな漫画スラムダンク
趣味飲酒
練習頻度週3~4回
フィジカルトレーニング3日やって1日休むのペース。
内容はスクワット各種、腕立て各種の大きい筋肉を中心に上記スケジュールでさらなる見た目マッチョを目指し奮闘中です。ただしスパーリングを10本前後やって消耗した日は筋トレはやらない等の条件も付けてます。
サプリメント全く摂りません。
ただ10年位前から起床後は必ず、ぬるま湯をコップ二杯以上飲むようにしてます。これはウチの母親が、同世代が脳梗塞だ癌だと続々と崩している中において68歳になる今もなお、病気ひとつせず体型も維持している上に「体内年齢が44歳」と、どこの測定器で測ったらそんなデタラメな数値が出るんだよ!という脅威の数値を叩き出したらしく。にしてもどんな三流メーカーであろうとさすがに68歳を44歳と計測するようなバグは起こさないだろうとは思うので、そんな母親が昔から続けている起床後の、ぬるま湯コップ二杯はもしかしたらサプリ同様にカラダに良いのかもしれないなと最近思っております。
疲れの取り方ひたすら寝る→玉子ネギうどんを食う→太陽の光を浴びる→ひたすら寝る。
このサイクルで完璧です。
“岡市さんの歯茎に菌が入りスゴイ顔になった時と、そうでない時の比較(笑)”


尊敬する選手や影響を受けている選手はいますか?


柔術をはじめた頃からの兄弟子である黒田通鷹先輩、酒井峰行先輩、石田浩先輩、向後正彦先輩は不動です。

あと、ここ数年ずっと練習させていただいております小泉慶嗣さん(和術慧舟會東京本部OBのプロシューター)は年齢が俺より10歳以上も上なんですが、そんな小泉さんの楽しんで格闘技を続けているように見える姿にいつも感銘を受けています。

もちろん伝説の慧舟會東京本部&プロ修斗というワードからも漂ってくる血と汗入り混じった日々を過ごしてきたことは想像に難しくないのですが、そんな慧舟會東京本部OBの多くが格闘技から遠ざかった今も現役選手に混ざって、なおかつスノボ、ツーリング、サバゲー等と同じように格闘技を楽しんでやっているように見える現在の小泉さんのように俺はなりたいです。

“元プロシューターの小泉慶嗣さん”


強くなる為に工夫している事はありますか?


スパー中、今やっているこの攻防はフィジカルとスピードよる要因が多いのかどうか?を明確にし、それに付き合わない攻防を見つけることを大事にする。

たとえばパスされ際、焦って無作為にエビして無駄にパワーを使うようなことはしない。

それ以外の方法はいくつもあるので、スパー中はそれを探すことに費やす。

もしくはフィジカルとスピード以外で勝てる要素はあらかじめ潰しておく。

たとえばパス目線では左側にパスする人が圧倒的に多いので、単純にパスガードの方向を右側に変えるだけで相手の対処がそこまでではないため成功率が上がる。

そのためには左脚を前に出しておけばそのカタチになりやすい。

もしくはその逆も然りでガード目線なら自分の右側にパスしてくる人が圧倒的に多いため、自分の右脚を掴んでくる手を制すれば、または自分の右袖を引かれないよう死守すればetc…みたいな事を考えながら、それがカラダに染み込むまではずっとやり続ける。

その他、実力差のある練習相手に対しては得意なスパーにならないよう不利な体勢に時間を費やす。 …と、こんな事を考えながら練習しています。


今までで印象に残っている試合をお教え下さい。


2018年4月18日「IPPONジャンボリー大阪」において5vs5の本戦とは別の「燻し銀」(3vs3)という部門に「チームソルジャー」としてグラウンドコア代表の森本猛先生、石田浩先輩、俺の3人で出場させていただいた試合です。

“森本先生(左)、石田選手と!”

三試合を勝ち抜いたのち、決勝戦での鈴木伸也選手(誠心館)戦でパスガード出来そうな場面で欲を出したところにカウンターの膝十字を合わされ、簡単にタップを選んでしまい、その俺のせいで我がチームは優勝出来ず、めちゃくちゃヘコんでいたんですが 、直後にチームソルジャー本隊の試合が行われ同チーム/レアンドロ・クサノ先生が足関節でバンバン一本を獲っておりました。

それを俺の横で見ていた森本先生がボソッと一言「クサノの一番強いのは足関じゃないんです。彼の一番強いのはハートなんですよ」の言葉が、対応のしようがあったかもしれないのに一本負けを簡単に選んだ俺の心にズサズサと刺さりまくりました。


今後対戦してみたい選手はいますか?


ヒクソン・グレイシー先生

“ヒクソン・グレイシー先生”


今後の目標をお教え下さい。


柔術を続けながら、もっと見た目マッチョになりたい。

「運動で汗をかく」と「見た目の印象」このふたつは人生において数少ない尊い事のうちの二つだと思っております。


岡市さんにとって柔術とはずばり何ですか?


BJJ is My Life!みたいに思ってた頃もありましたけど、今となっては単なるオヤジの趣味 です。


最後にマスター世代の白帯柔術家へ一言お願いします。


プロ選手でもない我々マスター世代が試合に勝った負けたところで、あるいはスパーリングで優位になった不利になったところで世間への影響は全くありませんし、仮に周囲の反響が少なからずあったとしても、どうせすぐ忘れられますので気楽に柔術を続けていければ良いのではないかと。

結果「運動で汗をかく」という「パスガードされた!悔しい!」なんかよりも10000倍以上は尊い生活習慣が人生にもたらされると思っております。


インタビューを終えて


インタビューを終えてを終えてまず感じたのは、岡市さんはめちゃくちゃ真面目で優しい方だということです。

フォトジェニックな写真の裏には、バンド活動での挫折や、東日本大震災での壮絶な日々の経験があったのですね。

そんな困難を乗り越えられているからこそ、復興支援ライブを行ったり、人に優しくできるのかもしれません。

また、岡市さんにとって「今となっては単なるオヤジの趣味」とのこと。

様々な経験をされておられるからこその回答だと思います。

今後は岡市さんがどんどんマッチョになっていくのが楽しみです(笑)

岡市さんご協力ありがとうござました。