
「聞こえますか?」「はい、聞こえます。」──そんな軽いやりとりから始まった今回のインタビュー。しかしその裏には、世界の舞台を見据えて戦い続ける柔術家の努力と覚悟があった。今回のゲストは、今年からIBJJFの大会を中心に活躍するトップラーナー岡泉海(23)。昨年のJBJJF全日本選手権優勝を経て、今年はさらなる高みを目指して海外遠征を重ねている。
今年のテーマは「世界への挑戦」
今年の活動を振り返ると、彼が出場した大会はIBJJF主催のものに絞られていた。「全日本はちょうどJiujitsu Conと被ってしまって出られなかったんですけど」と語る通り、国内大会よりも国際規模の戦いを優先。アジア選手権やパンパシフィックなど、より高いレベルの舞台を選び抜き、ポイントを積み重ねてきた。「去年の全日本優勝のインタビューに“今年は世界に向けて準備を進めたい”と言っていましたよね」と問われると、「そうですね、有言実行という感じです」と静かに笑った。目標を口にするだけでなく、それを実際に形にしていく姿勢が印象的だ。
安堵の瞬間
大会の結果を受けて、彼は穏やかな表情を見せた。IBJJFランキングのポイント制度は、選手の国際的な評価そして世界選手権への出場権に直結する。アジアで27ポイント、今回の大会で54ポイントを加算し、合計81ポイントを達成。「これでクリアです。でもここからッスけどね。」との言葉には、長い努力の末にたどり着いた安堵と新な決意がにじむ。次戦への予定について尋ねると、「11月のEAST JAPANは出ないです。道場もARTAになって色々慌ただしいんで留守番ですね。今年はこれでおしまいです。」ときっぱり。チームとしてのスケジュールも重なり、今年残りは休養と調整に充てるという。トレーニングも含め、常に長期的な視点で動いているのがわかる。
一人旅の遠征
孤独と集中の時間今回の大会は、彼にとって初の「完全一人旅」だった。「本当は平田考士朗さんと一緒に行く予定だったんですけど、都合がつかなくなってしまって」と、チームメイトの同行が叶わなかったため、現地入りからすべて一人で行動。「ちょっと寂しいですけど、まあ一人も悪くないですね」と苦笑。木曜の朝に現地入りし、試合は土曜日。「木曜は休んで、金曜は試合前日なんで特に出稽古とかは行かない感じでした」と話す。練習はせず、体力回復を優先。体重も普段通りの64kg前後で、ほぼ減量なしの自然体で臨んだという。「ちょっと汗をかいて調整するくらいですね」との言葉からも、無理のないコンディション管理がうかがえる。
試合当日
早まるスケジュールと冷静な対応試合当日は想定より早くスケジュールが進行。「YouTubeで観戦してたら、もう始まってて“あれ?”ってなりました」「そうなんですよ、結構早まってました」と彼も苦笑。「でもIBJJFあるあるですよね」と冷静に対応していた様子が伝わる。動じない精神力こそ、国際大会を戦う上での重要な武器だ。
戦略と実戦──「コールスイープ」で主導権を握る
今回の試合で彼が掲げたテーマは、「ボトムスタートからの組み立て」。「最初から引き込みを狙っていました。丹羽選手は立ってくると思ったので、そこからガードを作って主導権を取ろうと」と語る。序盤、相手が上を取りに来たところを素早くシャローラッソーでコントロールし、パンツを掴んで奥足へのシングルXへ移行。そこからのスイープはまさに流れるようだった。この技は、最近ではコール・アバート(Cole Abate)が多用することで知られ、「僕は“コールスイープ”って呼んでます」。研究熱心な姿勢と、世界トップ選手の動きを自らの技に落とし込む柔軟さが光る一瞬だった。
攻防の展開──トップキープの課題と次への手応え
スイープ後はトップポジションを取りながらも、丹羽のクローズドガードを警戒していた。「そこはちょっと怖かったですね。もっとパスプレッシャーをかけたかったんですが、トップキープがいまいちで」と自己分析。攻撃的なスタイルを維持しつつも、確実なキープ力を課題として挙げた。その後、相手の襟持ちスパイダーガードやKガードへの対応も冷静にこなし、「潜ってくるかなと思って、距離を取って対応しました」と語る。Kガードに合わせた上からのベリンボロ展開も試みるなど、彼の持ち味である柔軟な発想が随所に見られたが、惜しくも相手のエスケープが上手く、得点にはつながらなかった。
同点からの攻防──アドバンテージ1差の焦り
終盤は拮抗した展開が続いた。50/50の形からシングルXのようなポジションへ移行し、相手にレッスルアップを許してしまう。「この時点でアドバン1個負けてたんです」と彼は振り返る。残り4分、同点のまま、わずかな差でリードを許す状況。「まだ時間があったので、まずはアドバンを並ぼうと思っていました」と冷静に戦略を組み立て、再びスイープを狙う。両パンツを掴み、形を作ったその瞬間──会場の緊張が高まる。
試合終盤の攻防と勝負を分けた瞬間
試合終盤、残り時間がわずかに迫る中、岡泉は一度立ち上がってから再び下に戻り、アドバンテージを狙う判断を下した。「一回ラフに立って、ポイントが入る前にまた下に戻ってアドバンだけ取ろうかなと思ったんです」と語る。アドバンテージが入るも、その後に審判がインカムで話してアドバンテージが取り消されてしまう。「あ、取り消されたなと思って、ちょっと焦りましたね」と、試合中の緊迫した心理状態を振り返る。相手の堅実なディフェンスを前に、「丹羽さんはもう守ってくる」と読んでいた岡泉は、丹羽のレッグトラップでプレッシャーをかけられながらも最後まで攻め続ける構えだった。「ずっとあれで削って終わらせるのかなと思いましたけど、最後の最後で行くしかないと思いました」
シングルXスパイダーからの反転バックテイク
終盤の見せ場となったのは、岡泉が得意とする「シングルXスパイダー」からの反転ムーブだ。「最後、足を触れてデラヒーバからシングルXスパイダーを作った」と語る通り、この珍しい形は彼が日頃から練習を重ねてきた得意パターンだったという。「あれも結構練習してる形でよくやってます」と自信を見せた。相手を後方に返そうとするも倒れずと判断し、ならばと内回りから潜ってバックに移行する動きは、まさに練習通りの展開だった。「後ろには倒れないと思ったので、中に潜ってバックに行きました。練習でやっている動きそのままです」と説明する岡泉。とはいえ、残り20秒という極限の状況では焦りもあったという。「バック取る時に一瞬振り向かれて、やばいと思ったけど、そこは気合と気持ちでいきました」と語るように、最後は冷静な判断と強い意志で流れをつかみ取った。
経験のない立ち技でも強気の攻め
試合終盤のスタンドバックの展開について、「立ち技経験はない」と語る岡泉選手。「ノーギもほとんどやってないです」と言いながらも、「バック行くしかないと思って、スタンドバックから強引にうつ伏せにぶん投げてバックを取った」と、勝負を決めにいく果敢な判断を見せた。この一連の動きでバックとスイープのアドバンテージで逆転。残り30秒を切ったところでの逆転劇だった。
同世代のライバル関係
対戦相手の丹羽選手については、「ずっと前から有名で、ビッグネーム的な存在」だったという。しかし、「気遅れは全然なかった」ときっぱり。年齢は丹羽選手が1つ上の24歳で、岡泉は23歳。「同世代ですし、これから何度か当たると思います」と語り、ライバル関係としての今後の展開にも意欲を見せた。
今後の展望とヨーロピアンへの挑戦
今回の勝利でポイントを獲得し、次の舞台はヨーロピアン。「今年はこれで終わりで、次はヨーロピアンです」と話す岡泉にとって、黒帯としてのヨーロピアン参戦は初挑戦となる。「ヨーロピアンは茶帯で出場していて、そのときはパリでした。今回はポルトガルで初の黒帯参戦です」と語る。遠征経験についても、「だいぶ慣れてきました」と笑う。これまでにムンジアル、パンナム、ヨーロピアンなどを含めて「5〜6回ほど海外遠征に行った」とのこと。「飛行機の過ごし方とかも慣れてきました。やっぱり慣れは大事ですね」と語る姿には、国際舞台で戦うアスリートとしての落ち着きが感じられる。
若手黒帯としての存在感
岡泉は現在所属ジムARTA MITAの黒帯スタッフの中でも最年少。「黒帯になったのは22歳のときです」と話し、その若さでの昇格は注目に値する。東京に出てきたのは2年半前。もともと栃木の小山高専で機械工学を学んでいたという。「就職しようと思ったけど、やっぱり柔術がしたくて」と東京へ上京。そこから本格的に柔術の道を進むようになった。「高専って就職するために入るものですけど、自分は柔術を選びました。親に怒られるかなと思ったけどちゃんと伝えたんで大丈夫でした。」と語る。その声には迷いのない覚悟と情熱がにじんでいた。
試合後の静かな時間
――自分と向き合うリカバリーの過ごし方インタビューの最後に印象的だったのは、試合の合間や遠征中の過ごし方について語った彼の言葉だ。「試合前後はあまり何もしないタイプなんです」と彼は笑う。「観光や散策はしないの?」と聞くと「気が向いたら」と異国の地を楽しむ選手も多い中で、彼はむしろ“引きこもる”ことでエネルギーを温存するタイプだという。「エネルギーを使うのは、柔術くらいしか。。。」と語るその姿勢には、自分のリズムを知り尽くしたアスリートならではの落ち着きがあった。無理に外に出るよりも、静かな時間の中で心身を整える――それが彼にとって最高のリカバリー法なのだ。
感謝と次への期待
インタビューの締めくくりには、感謝の言葉が交わされた。突然の連絡にも関わらず快く対応してくれた彼に、記者は改めてお礼を伝える。「記事ができたらまた送ります」と約束すると、彼も「ありがとうございます」と柔らかく応じた。そのやり取りには、競技者としてだけでなく、一人の人間としての誠実さがにじんでいた。次の試合やヨーロッパ遠征の際には、また連絡を取りたい――そう思わせる穏やかな余韻を残して、取材は終了した。
Interview by Akira Hosokawa / 細川顕(JIU JITSU VOICE)






